気付けばもう大学四年
  
皆さまご無沙汰しています。
大学生になってからは、基本的に中学高校時代の因習を踏襲し、自堕落かつ怠惰かつ虚無的に生活してきた訳でありまして、これといって特筆すべき事柄はないんですけども、まぁ、至って平凡な日常を送っております。


最近、「道化が見た世界」という新しいブログの更新を頑張っているんで、
ゴーストハウス化した我流ライフにいらしている希少な皆さま方にご案内の旨をお伝えしたくまいりました。今後とも宜しくお願い致します。


道化が見た世界
http://d.hatena.ne.jp/kent-0106/

[PR]
# by K-Ryusei | 2011-08-12 03:17 | Blog概要
ゾンビゲーム
  
今インスピレーションが天から僕の頭に降りてきて、凄い遊びを思いついてしまいました。その名も【ゾンビゲーム】。

日本でポピュラーな遊びに鬼ごっこや、ドロケイなどがありますが、ゾンビゲームはこれらに匹敵するゲームの位置付けです。では、遊び方を順に説明していきましょう。

1、まず始めにゾンビ役を決めます。ゾンビ役になった人は可能な限りゾンビになりきる必要があります。(例:白目をむく、足を引きずるなど)

2、その他のプレーヤーはゾンビから逃げる必要があります。ゾンビに捕まり、体の一部を噛まれた場合(ゾンビゲームの専門用語ではバイト【bite】)、そのプレーヤーは1分後に【ゾンビ化】します。ゾンビ化したプレーヤーは、今度は一般プレーヤーを襲います。

3、一般プレーヤーがゾンビを倒すためのツールに【ピストル】があります。手でピストルの形を作り、それを効果音と共に打ちます。手持ちの弾丸の上限は【10発】で、うち尽くすと、逃げるしかなくなるので注意が必要です。

4、ピストルの威力の高低は、【効果音】によって決まります。【バンッ】が一番オーソドックスな効果音ですので、威力は普通になります。ここでは、威力が強そうな効果音を出すことがキーになってきます。例えば、【キュイィイイイーーーン…チッチッチ…チュドオオオオン!!】などが挙げられます。普通の場合【ゾンビの頭に二発】弾が当たれば死にますが、チュドオオオオンの場合は即死でしょう。

5、一般プレーヤーが全員ゾンビになるか、あるいはゾンビを全て殲滅することができればゲームが終了します。最後まで生き残った一人と残りの全ゾンビが対峙する時にこのゲームの醍醐味、スペクタクルがあるといって言いかもしれません。あと、女の子がキャーキャー言いながら逃げる図もなんとも言えないエンターテイメントがあると言えるでしょう。

【追加ルール】
6、全一般プレーヤーが所有弾数を全て使いきった場合にゾンビが未だ存在していた場合、一般プレーヤーの選択肢は逃げる以外なく、実質の敗北になる為、ゲーム開始前に【制限時間】を設ける必要がある。

7、また、ゾンビと人間の総数の比率を決める【ゲーム難易度】を設定する。例えば、人間1:ゾンビ10の初期設定では【VERY HARDモード(感染必至)】、人間10:ゾンビ1の初期設定では【VERY EASYモード(Sorry for Zombie)】などである。女性の人間1:男のゾンビ10などの初期設定は、かなりの上級者設定であり、エンターテイメントの本質を理解していると言える。

8、一般プレーヤーは、【ピストル】というツールの他に【ワクチン】も所持している。使用上限回数は【1回】である。接近してくるゾンビの不意をついて【ワクチン注入!】と宣言し、【両手でピストルのような形を作り、それをゾンビに刺すことで】、【ゾンビを人間に戻す】ことができる。しかし、ワクチン注入時には、ゾンビに接近しなくてはならない訳だから、細心の注意が必要になる。


このゲームの深さは、効果音の自由度、ゾンビの多様性(勝手にボスゾンビを名乗り、不死身になるなど)など、様々な要素を付け加えてより面白くできることでしょう。

と言うことで、皆さんもゾンビゲームで盛り上がりましょう!!
[PR]
# by K-Ryusei | 2011-04-14 11:15 | 雑記
私は変わってしまった。
  
 このブログの意義は、6年前までの私を遡って見ることができる、文字通り私にとっての重要な資料のようなものである。無論、私を研究しようとする人間などいないわけだから、ただの自己分析の為の道具と言える。

 で、ひとつ思ったのは、俺は完全に変わってしまったということ。コペルニクス的転回的に変わってしまったということ。時期も明確に言えますが、その時期は大学入学前の3月、2008年の3月下旬の、自宅の風呂場でです。なんか、それまで動いていなかった一つの歯車が、俺の根幹をなすであろう歯車がついに動き出してしまったというか、そんな感じ。で、そのきっかけになったのは、やはり、ずっと恋こがれていた人との再会でしょう。

 彼女が俺の歯車を回す、一種のスイッチ的な役割を担った。で、そのスイッチを押される前は、俺は彼女のことを憧れていたし、好きだったが、押されてた瞬間には、もう本当に、ただの人へと変貌を遂げていた。これは謎すぎる現象である。当時の俺も、その変化に対応しきれていなかった。

 そもそも、このブログを書き続けた原動力は何かというと、やはり、殻にこもった自己を外へと披歴できないフラストレーションの捌け口として、このブログは機能してたのだと思う。つまり、狂人である俺(当時は狂人であることすら認識できていなかったが)を披歴するツールとしてのブログである。だって、人を笑わせて、幸せにしたいってことはまあ、誰かしらが持っている信念であるかもしれないけど、それをわざわざ初対面の人に滔々と語って、それを天命だと思ってるのって、やっぱりちょっとおかしいっしょ。ちょっとどころじゃないw

 で、文体の変化もあると思うんだけど、昔の俺は、今の俺からしたら、「可愛いな」って思う訳。なんというか、他人の評価を気にしているというか、若干弱腰なところとか、普通の人間のような感じがする。人並みに羞恥心も持ってるし、でも、道化の自分を他者に見せるのにどうしようかと悶絶している感じがね。

 ブログで写真とか載せたり、ネタを探して書いたりするのって、相当な活力が必要だとおもうんだよね。昔の俺には、「どうだ!このネタは面白いだろう!故に俺は面白いんだ!皆気づいてくれ!」っていう、なんか他者を要請する痛切な思いがあった。

 けど、今は本当に全然変わっちゃった。俺は他者をそこまで要請していない。というかほとんど要請していない。別に面白い人だと思われなくても良いかなというか、そんな必死さはなくなってしまった。これは、俺がずっと抱えていた劣等感が払拭されて、ある程度の自尊心を獲得したからだと思うんだよね。

 上のほうで、普通の人間、他者の評価を気にしているって言ったんだけど、これはじゃあ、今の俺は普通の人間じゃ無くなったのかっていう話になるよね。うん、やっぱ、まあ普通じゃないよね。たとえば、好意を抱いていた誰かに俺が罵倒されたとしよう。俺はそれで傷付くのか否かの問題なんだけど、たぶん全く傷つかないと思う。たとえば、女の子にキモイとかキショイとか言われても、全く傷つかない。心に傷を負うことって、俺に限って言えば無いと思う。これはやはりおかしいと言わざるを得ない。みんなは、自分の心が傷付くから、ある程度の行動は制限されることがあると思うんだけど、俺はそういうことがないから、なんか、人としての羞恥を感じずになんでもできるというか、そして、そうできることが果たして良いことなのか悪いことなのかというのは、なんとも言えないよね。まぁ、そこに人間らしさがないのは確かだけど。

 俺はもともとちょっとおかしい人間で、昔の俺はそれに気づいていなかっただけで、今の俺は気づいてしまったということだと思うんだけどね。というかそう。だから、変わってしまったというよりは、本質的な自己を自覚するに至った、と言った方が正しい。それが幸せなことか不幸なことかは、やはりなんともいえませんね。
[PR]
# by K-Ryusei | 2010-02-02 03:41 | リアル
パーリィナイッ
  
 今宵は、六本木へ行って参りました。女子大学生サークルが主催するパーティーに参加してきたのであります。私はためらいました。私の様な、一旦は超俗を試みた輩が、果たして都会のミッドタウン六本木に足を踏み入れていいのかと。しかし、小一時間悩んだ後、何事もためらっていては始まらない、私はそう決断し、アクティブ精神の権化となり、ギロッポンへ降臨したのであります。

 私は、去年慶應で行われたウェルカムパーティー同様に、果敢に女性へのアプローチを試みました。携帯のメールアドレスを尋ねる際に、「是非とも私と赤外線をトゥギャザーしていただきたい」といつもの様に言うのですが、今の所、信じがたいことに、成功率は100%を維持しています。赤外線トゥギャザーはOKなのに、どうして文通しようとなると、いきなり不審者扱いされてしまうのでしょうか。乙女心は、ラビリンスの様に複雑で難解であります。

 そして、私は女性と喋っている中で、あることを実感したのです。私はやはり、喋って人を笑わせる事がこの上なく好きであるということを。私の生き甲斐と言っても良いかも知れません。ただ、去年の私と、今の私との相違点がひとつあります。それは、男性とはあんまり喋りたくない、ということなのです。こう言うと語弊が生じてしまいますが、厳密に言うと、男性から話しかけられれば勿論お話は致しますが、私からすすんで男性と話すことはない、ということなのであります。

 私は新歓やパーティーを通じて、ある方向性を見出すことが出来たような気がしました。自己のコミュニケーション能力に自信がついたのかもしれません。しかし、その能力は私とベクトルの違う男性が存在すると発動することができません。私は、ある男性が率先して喋っている時にどうしても違和感を感じてしまうのです。彼は皆にトークが面白い人と認知されているかもしれません。しかし、私には皆目その様に思えないのです。「こいつの何が面白いんだ?」と思ってしまうのです。強がっているように聞こえてしまうかもしれませんが、このような感情は彼への嫉妬心からくるものではありません。本当に面白くないと思うのです。彼の言動で笑っている人達が不可解極まりないのです。

 故に私は、客観的見地に立って証明せねばらぬと悟ったのです。本当の面白さとは一体何なのか。果たしてそれを私が体現し得るのか。否、体現して然るべきであると悟ったのであります。私のモティベーションは、このような認識がある限り維持できると思いました。私には生きる上での目標ができたのです。面白さの頂点に君臨してやろうという野心が芽生えたのです。

 「私が世に笑いを運んでやらにゃあかん!」仙人は、布団で寝ながら呟きました。彼は天命を悟ったのかもしれません。

 「世に燦然と輝く乙女達よ、心して待っておられよ!」
[PR]
# by K-Ryusei | 2009-04-27 01:15 | リアル